富山県の女性流出をオープンデータから読み解く
私は仕事柄、製造業の現場を頻繁に訪れる機会があります。そこで目にするのは、清潔で整頓された職場環境と、男女問わず活気に満ちた従業員たちです。しかし、富山県に目を向けると、最近になって製造業が女性の流出に大きく関与しているかのような報道が後を絶たない状況です。こうした報道はしばしば、女性人口の減少と製造業との間の明確な相関関係を示さず、単なる仮説に過ぎない印象を受けます。そこで今回は、女性人口の減少問題について、オープンデータを基にして客観的な分析を行いたいと思います。
富山における若者の人口動向(個人的な感覚です)
富山に根を下ろしている一市民として、若者の人口動向について私が実感している点をまとめてみました。
1. 地元の高校を卒業するタイミングで、富山を離れる若者が最も多いように感じます。
2. 高校を出た後に県外へ移る若者は、性別による差はそこまで顕著ではありませんが、やや男性が多いという印象を持っています。
3. 就職を機に富山を出る人は一定数いますが、高校卒業時に比べるとその数は少ないようです。
4. 家を継ぐ者がいる家庭、特に家業を持つ家庭では、男性が県外から帰郷する傾向が見られます。
富山の人口問題について報道されていること
最近メディアで流されている富山の人口問題では、若い女性が流出といい、製造業の業界団体などがコメントを求められるという構図が多い。指摘される内容は、概ね以下のとおりとなっている。
20代前半(就職する年代()で、女性の流出が男性に比べて圧倒的に多い。
女性の(転入 - 転出)が男性の(転入 - 転出)を比べると男性の2.2倍程度も流出している。
製造業への依存度の高さが、将来の人口に影響する若い女性の流出につながっているとの見方もある。
直近の記事:
2023/10/30 日本経済新聞 富山県、人口100万人割れ間近 悩ましい「製造業立県」
20代前半の流出では何がおきているのか
メディアが報じる富山県の人口流出に関するデータは、しばしば県の公式統計を基にしています。しかし、このデータには年代や性別による流出の動向が表れています。例えば、最も移動が活発な年代は20代前半であり、女性の転出超過が男性のそれを大きく上回っているように見えます。

富山県、年齢(5歳階級)別社会動態(令和3年10月1日~令和4年9月30日)
統計データを見ると、10代後半の転出数は、20代前半のそれの約四分の一です。
冒頭で示した私の肌感覚「地元の高校を卒業するタイミングで、富山を離れる若者が最も多いように感じます。」はまちがっていたのでしょうか?
県内高校卒業生の進路状況を示す公式調査によれば、多くの卒業生が県外への進学を選択しています。それなのに、なぜ統計上の転出者数はこれほど少ないのでしょうか?

令和4年度卒業生ですが、県外への進学者は、全体(4,752) - 富山県に進学(1,333) = 3,419人になります(現役のみ、専門学校等は含まず)。
令和4年度のデータによると、県外へ進学した生徒数は3,419人ですが、転出者数は1,074人に過ぎません。この差異には、住民票の異動を行わない者が含まれていると推測できます。これらの生徒は、おそらく大学卒業後に就職とともに正式に転出となるのでしょう。
この情報を踏まえると、20代前半における女性の大量流出とする主張には疑問が残ります。
就職期における女性の人口流出についての洞察
富山県の就職期における女性の転出超過が特に激しいとされる報道がありますが、これを検証すると実態はそれほど単純ではないことが分かります。富山における10代後半から30代前半の人口流動は、外国人技能実習生の動きに大きく影響されていると考えられます。そこでこの分析では、そのようなノイズを排除し、日本人に限定したデータに焦点を当てます。

富山県・市町村別、年齢(5歳階級)別男女別転入転出者数-日本人(令和3年10月1日~令和4年9月30日)
富山県の統計ワールドから取得した日本人限定のデータによると、20代前半の移動で男性は344人、女性は681人の転出超過があり、男女間の差は337人に縮まります。15~34歳全体で見ると、男性が867人、女性が1,222人の転出超過で、この差は355人となり、女性の転出超過は男性の1.4倍にまで縮小されます。これは、以前報じられた「男性の2.2倍」といった極端な差異とは異なる結果です。
このデータにより、富山県の女性の転出超過が男性に比べて確かに存在するものの、以前の報道にあったような過剰な男女差は実際には1.4倍程度に留まっていることが明らかになります。このような誤解を招く報道に対して、事実に基づいた分析が重要であることが再確認されます。
男女間の転入・転出の差異に関する分析
富山県における日本人の社会動態を精査すると、男性の転入・転出の数が女性より多い傾向にあります。男女間の差が拡がる理由を探る上で、2つの可能性が考えられます。
男性の転入が多いから、男女差が激しい。
女性の転入が少ないから、男女差が激しい。
私の経験上、特に家業を持つ家庭では男性が県外から帰郷する傾向が強いため、一つ目の可能性がより確からしいと推測しています。
この推測を裏付けるデータは、直接的なものではありませんが、年齢階級別に転入人数の性差をグラフ化することで視覚的に表現しました。このグラフからは、男性の比率が全体的に高いものの、30代の性差は他の年代に比べてやや低いことが見て取れます。一方で、40代になると、親の定年を迎える影響か、性差が激しく増加します。これは、家を継ぐ、農地を引き継ぐなど、富山特有の文化的背景が反映されていると考えられます(確たる証拠はないですが…)。

※ 上の表は、男女の比率であり、転入数は以下のグラフとなります。

一方、最近の報道では、”2.女性の転入が少ないから、男女差が激しい。”と判断しているように見えます。しかし、実際は、男女とも県外に出ていきたいけど、家・土地・家族が富山にあるから、富山に戻る人が一定数存在し、それが長男である比率が高いのではないかと推測してます。
製造業依存と女性流出の関係
日本経済新聞の記事が指摘するように、製造業の影響で若い女性の流出が起こっているという主張がありますが、記事ではこれに関する具体的なデータ分析は提供されていません。そのため、独自に富山県の産業別人口データを検証してみることにします。

国勢調査からのデータによると、富山県の従業員総数は約52万人であり、そのうち第2次産業(主に製造業)の従業員数は約17万人、第3次産業(サービス業など)の従業員数は約33万人です。製造業が富山県の従業員数では最大であることは間違いありませんが、女性従業員が最も多いのは医療・福祉産業であり、この産業では女性の比率が約79.16%と非常に高いことがわかります。
逆に、女性の比率が最も低い産業は電気・ガス・熱供給・水道産業で、ここでは女性の比率は約18.04%です。これらのデータから、単純に製造業を人口流出の主な原因と断定することは、「帰属バイアス」といえます。つまり、製造業への依存が直接的な女性の流出の原因であると結論づけるには、製造業の構造や、女性従業員が直面する具体的な問題点をさらに詳細に調査する必要があります。
就職したくなるのはどんな富山なのか
約8年前に遡りますが、富山県は若者が県内に定住することを促進するために大学生の意識に関するアンケート調査を実施しました(富山県への定着に関する大学生意識調査)。県外の学生が富山に求めたものは、以下の通りです。

富山には、次の3点を改善することが企業側の努力によって期待されているようです。
多様な就職先の充実
学んだスキルを活かせる企業の存在
女性にとって働きやすい職場の充実
この調査では、学生が望む企業として「大企業の本社」が最も人気であり、次いで「クリエイティブ産業(デザイナーや映像・芸能関連等)」、「マスコミ関係(報道、編集者、新聞記者等)」と続きます。いずれも富山に整備するのはとても難易度が高く、取り組みやすいのは「女性にとって働きやすい職場の充実」ということになりがちなのかもしれません。
まとめ
ショッキングなデータ(っぽい)ものをみせて、危機感を煽るのは、あんまり好きなやり方ではありません(個人的見解)。少なくとも、以下の問題提起は、ショッキングではありますが、現実を表してはいないもと思われます。
「1.20代前半(就職する年代()で、女性の流出が男性に比べて圧倒的に多い。」
「2.女性の(転入 - 転出)が男性の(転入 - 転出)を比べると男性の2.2倍程度も流出している。」
この点は、正確に表すならば、以下のようになるのではないでしょうか。
進学期に男女差が比較的少ない
20代前半の人口異動には、15-19歳の転出・転入が多く含まれていると想定され、現実を反映していない。
人口異動データに、外国人が含まれている。外国人には、日本で生まれていない人が多数含まれており、”富山の人口流出”をテーマにする際は、含めないほうが良いと考えられる。
日本人に限れば、15-24歳の人口増減は △1,511人、男性△573人, 女性△938人、その差は365人。
「3.”製造業といえば男性”…というのはアンコンシャスバイアスを解消することが極めて重要」
「製造業=男性」というステレオタイプを解消することが重要である、という点は、帰属バイアスの一種と見なすことができます。この点については、より深く考察する必要があります。
この問題の裏にあるのは、若い才能が進学のために県外に出ることを阻止すると、多様な才能の育成が難しくなることです。産業界としての取り組み方針は、出身地に関わらず県外の人々にとって魅力的な就業場所となることを目指すのが良いということになります。
確かに課題は複雑ですが、これまでの取り組みを踏まえ、施策の成果を評価し、必要な改善を行うアプローチが有効と思われます。衝撃的なデータを提示して注意をそらすのではなく、地道に取り組んでいくしかないでしょう。
最後に…富山に帰る男性のみなさん、お嫁さんを連れて帰ってきてください。